大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)1111号 判決 1965年12月16日
控訴人
(第一一一一号原告)
岡本石豹
代理人
石原秀男
控訴人
(第一一一二号被告)
川西ナカ
代理人
山下直次
被控訴人
(第一一一一号被告)
森本芳一
被控訴人
(第一一一二号原告)
岡本石豹
代理人
石原秀男
主文
一、等一審被告川西ナカの控訴を棄却する。
二、同被告の控訴費用は同被告の負担とする。
三、第一審原告の控訴に基き、同原告と第一審被告森本芳一との間の原判決を次の通り変更する。
(イ) 第一審被告森本は第一審原告に対し、別紙第一目録記載建物につき、川西ナカより第一審原告に対し、神戸地方法務局昭和三七年八月二一日受付第一四二二八号所有権移転請求権保全仮登記(原因、同月二〇日代物弁済予約)に基づき、昭和三九年二月五日代物弁済を原因とする所有権移転登記をすることを承諾せよ。
(ロ) 第一審被告森本は第一審原告が右(イ)の本登記を経由したときは、第一審原告に対し、前項の建物を明渡し、かつ右本登記完了の時以降右明渡済に至るまで、一ケ月金一万円の割合による金員を支払え。
(ハ) 第一審原告(1)の第一審被告森本に対するその余の請求を棄却する。
(ニ) 同被告と第一審原告間の訴訟費用は、第一、二審ともこれを同被告の負担とする。
(ホ) 右(ロ)(ニ)項に限り第一審原告において金一〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。
事実
第一審原告代理人は第一審被告森本芳一に対する控訴につき、主文第三項(イ)(ニ)同旨および第一審被告森本は第一審原告に対し別紙第一目録記載建物を明渡し、かつ昭和三九年二月一五日以降右明渡済まで一ケ月金一万円の割合の金員を支払えとの判決および明渡および金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、第一審被告川西ナカの控訴につき、主文第一、二項同旨の判決を求め、
第一審被告川西ナカ代理人は「第一審原告と第一審被告川西との間の原判決中、第一審被告川西の敗訴部分を取消す。第一審原告の第一審被告川西に対する請求を棄却する。第一審原告の当審における新訴を却下する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否――≪省略≫
次に第一審原告の第一審被告森本に対する請求につき審按する
<証拠>を総合すると、第一審原告と訴外川西群治郎、第一審被告川西ナカとの間に、第一審原告主張の通り別紙第二目録記載建物に関する売買契約、代金の授受、川西群治郎等の敗訴の場合に、右売買代金二〇〇万円を返還すべき約定、右約定を担保するために別紙第一目録記載建物に対する代物弁済予約が成立し、仮登記(昭和三七年八月二一日付)がなされた事実、右返還義務発生の条件となつた訴訟が川西群治郎等の敗訴となり確定した事実、第一審原告が本訴において昭和三九年二月五日右代物弁済予約完結の意思表示を為した事実が認められ、右認定に反する証拠はなく、右認定事実によれば、右代物弁済予約の完結は適法有効と認むべく、これにより第一審被告川西は第一審原告に対し、右代物弁済を原因として、さきの仮登記に基く所有権移転本登記を為すべき義務を負担したものというべきである。
ところで第一審被告森本が別紙第一目録記載物件につき、さきの仮登記仮の後である昭和三七年八月二七日付を以て賃借権の設定、抵当権の設定、代物弁済予約の各契約を為し、同月二八日付を以て右賃借権、抵当権の各設定登記、右予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと、および右建物を同年一〇月中原審被告酒井雅子に賃料月一万円の約で転貸したことは当事者間に争がないから、第一審被告森本は、第一審原告が第一審被告川西に対して請求する右物件に対する前記本登記の履践につき、その承諾を要する利害関係人に該当することは明白であり、第一審被告森本としては右承諾を拒否すべき正当の事由となる何等の事実をも主張立証するところがないから、第一審原告に対し右の承諾を為すべき義務があるものというべきである。よつて第一審原告の第一審被告森本に対するさきに請求した抹消登記の請求に代る右本登記に対する承諾の請求は理由がある。
そこで、第一審被告森本に対する明渡並びに損害金の請求の当否につき検討する。第一審被告森本は、第一審原告の別紙第一目録記載建物に対する所有権に基づく明渡請求に対し、前記争なき賃借権を以て、その占有の正権原と主張するものと考えられるところ、第一審被告森本の賃借権は第一審被告川西から設定を受けたものであり、しかもその設定の当時である昭和三七年八月二七日においては、第一審被告川西はその目的物件の所有者であつたことは第一審原告もその弁論の全趣旨により認めるところであるから、右賃貸借は少なくともその成立当時の状況において有効であり、しかも登記を経由し、かつ目的物の引渡を受けているから、第三者に対する対抗力をも有していたことは明白である。
しかし前叙の如く、第一審原告は右賃貸借の成立、登記並びに目的物の引渡前に、本件建物につき代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を受けているものであり、かつその後に右仮登記に基づく本登記をなすに必要な要件を具備するに至つたものであるから、この場合の右賃借権の第一審原告に対する対抗力について考えるに、「同一の不動産に関して登記した権利の順位につき法律に別段の定めがないときは、その順位は登記の前後に依り」(不動産登記法六条一項)、「仮登記をした場合においては本登記の順位は仮登記の順位に依る」(同法七条二項)べきところ、第一審原告の右仮登記の日時は第一審被告森本の賃借権設定登記の日時に先立つているから、登記の前後という観点から見ると、右仮登記が本登記に高められた場合には、第一審原告の権利は第一審被告森本の権利に優先すること明らかであるが、一方「建物の賃貸借はその登記なきも建物の引渡ありたるときには爾後その建物につき物権を取得した者に対し効力を生ずる」(借家法一条一項)ものであり、第一審被告が第一審川西より本件建物を賃借し、その引渡を受けたのは、第一審原告が本件建物につき代物弁済予約完結の意思表示をなし、本登記をなすにおいては本件建物の所有権取得をもつて第三者に対抗し得べき時期である昭和三九年二月五日より以前であるから、第一審被告森本は右借家法の規定に基き本件建物の賃借権をもつて第一審原告に対抗し得るのではないかと考える余地がある(原審はこの見解に従つた)。しかしながら所有権移転請求権保全登記は、元来本登記までの間になさるべきことあるべき請求権自体の完全な実現の妨害となるすべての中間処分を排除するために認められた制度(一種の仮処分的機能を持つもの)であつて、単に登記の順位先占の効力のみを定めたものではなく、従つて不動産登記法所定の本登記に対する順位保全の効力規定は、右目的達成のための法律技術的規定に外ならないものと解するを相当とするから、仮登記に基づき本登記がなされ、またはなさるべき段階に達した場合には、これと抵触する中間処分(必ずしも物権行為に限らず仮登記権利の完全な実現の妨害となるべき債権行為も含む)は、所有権に対する制限としては、すべて効力を失うものと解すべく、この理は建物の賃貸借が中間処分としてなされ、目的物の引渡が行われた場合においても異らないものと解すべきである(もししからざれば、仮登記権利者は賃借権設定のため目的物の価値が減少し、不測の損害を蒙つてもこれを甘受しなければならないことになり、抵当権設定登記後の賃貸借について制限規定(民法三九五条)が設けられていることと対比しても権衡を失するであろう。一方賃借人は登記簿を閲覧することにより仮登記の存在を知ることができるから不測の損害を蒙ることもない。
しかしながら、右の第一審被告森本の賃借権を否認し得る効果は、第一審原告がその仮登記に基き、本登記を経由することを前提として付与せられるものであつて、本登記請求に必然的に関連する承諾請求以外の請求、就中、所有権に基づく明渡並びにこれが不履行に因る損害金の請求は、第一審原告において本登記を完了し、第三者に対する対抗要件を具備して初めてこれを為し得るものと解すべく、従つて第一審原告が現在の請求としてこれを求めることは許されない。
しかし第一審原告の申立の全趣旨によれば、第一審原告は即時右履行請求が許されない場合には、予備的に本登記を経由することを条件とする将来の請求としてでもこれを求める意思であることを認めるに難くないから、第一審原告の本請求は、同原告が本件建物につき所有権移転の本登記を経由することを条件として、第一審被告森本に対し本件建物の明渡を求める限度で理由があり(同被告が本件建物につき間接占有を有していることは同被告の明らかに争わぬところであり、且つ同被告が第一審原告に対し賃借権を以て対抗しえないことは前記のとおりである)、且つ損害金としては、本件建物の賃料額として争のない一ケ月金一万円の割合による賃料相当の損害金を、本登記完了の時から右建物明渡の時までこれが支払を求め得るものというべきである。けだし、仮登記権利者(第一審原告)が本登記を完了するまでは、右本登記によつて優先される従前の所有者(本件では第一審被告川西ナカ)又はその登記ある所有権承継人(本件では該当者なし)は、何びとに対しても対抗し得る完全な所有者であるから、後にさきの仮登記に基づく本登記権利者が出現しても、右の出現までの経過期間中の所有権機能およびその行使の効果を当然には覆滅せらるべきものではないのみならず、右所有権行使の効果を受けた第三者としても、さきの所有権の覆滅否認による自己の損害を理由なく甘受すべき筋合はない筈であつて、仮登記制度の期待する仮登記権利者の保護は、これらの影響を最少限度に止め、しかもなお仮登記権利者の順位保全の効果を全うする点に求めらるべく、この趣旨と、仮登記の保全する権利が必ずしも物権に限られず、物権取得のための債権的請求権(その物権効の発生時点は外部より確認困難な場合も多く、また右の時点を仮登記自体から予知できない)をも対象としている点に徴すると、仮登記による順位保全という意味は、さきになされた仮登記と、後に予定された物権変動との結合によつて(後の物権変動との結合を要せず、それ自体で直ちに効力を発揮する仮処分とは、この点において異なる)、後の物権変動が、その対抗力の点において、それまでの中間に為された右物権に関する処分行為の対抗力を一切凌駕する効力が、本登記で後の物権変動を対抗すると同時に(対抗力そのものは本登記によつて生ずる)、即ち右の対抗力の優越効は本登記の時点において初めて一時に発生し、将来に向つてのみ効力を持つことに在ると解すべきであつて、かかる意味における順位保全の効力(即ち、物権変動の発生の具体的時点についての効力そのものの保全でも対抗でもない)を是認することを以て必要かつ充分であると考えるものである。そうすると、第一審原告の第一審被告森本に対する明渡、損害金支払請求は、右の限度においてのみ正当として認容することができ、その余は失当として棄却すべきである。≪後略≫(岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)
別紙・第一、第二目録≪省略≫